Sherman Filterbank 2

先日、Sherman Filterbank 2という機材を購入しました。

Sherman Filterbank 2 http://www5f.biglobe.ne.jp/~fukusan/products/sherman/filterbank/filterbank.html

Sherman Filterbank 2は、シンセサイザーに組み込まれているフィルターという機能のみに特化した機材で、簡単に言ってしまえば、この機材を使うと「入力した音を好き勝手に改造していくことができる」というものです。ちなみにShermanは会社名でベルギーにあります。
Sherman Filterbank 2の利点は、入力した音を完全に破壊して新しい音を作れる点と、その反対に入力した音の構造を生かしながら音を変化させられる点だと、実際に使用してわかりました。ものすごく面白い機材です。

この機材の面白さを説明することもいいとは思いますが、今回はこの機材を購入するに至った理由を書いておきたいと思います。


最初の記事でも書きましたが、ここ数ヶ月間で音楽を巡る状況は大きく変化してきていると思います。iPodの登場以降CDが売れなくなり、iTunesを中心としたmp3への移行が広く認識されていることは確かです。ただ、そのmp3もデータのやり取りが比較的簡単なため、CDと同じような売り上げを上げることは厳しいのが現状です。YouTubeのようなメディアが大きくなってきていることで、少し検索すれば映像も付随した状態ですぐに聴きたい音楽が聴けるようになっていることも大きいでしょう。このようなメディアに対して音楽家は音質の良し悪しを気にしていましたが、リスナーはそこまで気にしませんし(私自身もすぐに調べたい音楽があるときはYouTube等を活用しています)、それ以上に「自分で自分の情報を配信できる」という意味が大きく、利用/活用者は増え続け、メディアとしては拡大していく一方です。自動更新されるアーカイブのようです。

このような現状の中で、「音楽はライブへ回帰する」と最近よく言われます。音楽家はライブで(生で)音楽を聴かせることで、インターネット、パーソナルレベルでのコンピュータ上では体験できないものを提供する。もともと、レコードやCDといったメディアの登場まで、音楽はライブでしか体験できないものだったのだから元の姿に戻ればいいだけではないか、と。(この「回帰」発想へは疑問もあるのですが、それはもう少し考えがまとまったら記します)

ところが私の場合、ここで少し考えなくてはいけなくなりました。
私が作曲する音楽は、コンピュータのみで作られます。コンピュータ内での作業は非常に複雑で、パラメータ設定等を含めたら「ライブ」での演奏は不可能です。そのため、今まではDJのように出来上がった曲を組み合わせたり、変化させることでライブを行ってきました。でも、その作業もコンピュータ上という自分以外の人にとってのブラック・ボックスの中で行うため、観客はライブの醍醐味である「見る」楽しみ得ることが難しくなってしまいます。


では、私のような音楽を作っている人はどのようなライブをやっているのか、それを調べてみることにしました。いくつか調べた中で、大きく2つのパターンに分けられました。それは、
1)映像等、他のメディアを付随させるパターン
2)作曲とライブを完全に別物にするパターン


1)の方の代表的なものとして「ケミカル・ブラザーズ」を挙げたいと思います。The Chemical Brothers http://www.thechemicalbrothers.com/
ケミカル・ブラザーズはイギリスのテクノ・ユニットで、多くの人は知っていると思いますし、名前を知らなくても曲はよくCMなどで使われていますので音楽を耳にしたことのある人は多いと思います。
ケミカル・ブラザーズのライブは音と映像を連動させて「見せていく」印象です。そして、映像のレベルが非常に高い。私はまだ見ていないのですが、新作アルバム「時空の彼方へ」のライブでは映画のようなスケール感の大きい、ストーリー性のある映像と共にライブを行ったようです。近年、映像を簡単に作れるようになったため、様々なライブで映像が多用されていますが、ケミカル・ブラザーズのライブは音楽も映像も抜群にクオリティーが高い。ただ、映像を付ければいいというのではなく、映像と音楽の関係から内容、そのすべてに緻密な計算とそれを越えるクリエイティブな感覚が必要だと思います。


2)としては「オウテカ」を例とします。Autechre http://autechre.ws/
オウテカもイギリスのテクノ・ユニットです。こちらは一般的にはケミカル・ブラザーズほど知られていませんが、強靭的なサウンドIDM(インテリジェント・ダンス・ミュージック)の先駆けとして90年代から活躍し、熱狂的なファンは沢山います。radioheadトム・ヨークがアルバム「KID A」を作る際に、オウテカの影響を受けたことは有名な話です。(オウテカ自身はIDMと呼ばれるのは好きではないようですが)オウテカは先日の来日の際のインタビューhttp://www.beatink.com/events/autechre2010/interview/autechre.htmlでも答えていますが、自分達がCDやmp3等で配信する曲とライブを全く別物として考えています。ライブとして「生」の面白さをどう見せていくかに焦点を当て、制作とは別のスタイルでパフォーマンスを見せていく。


ケミカル・ブラザーズオウテカも、見せ方は違いますが、どちらも「見せる」ことへの意識でライブを考えています。これは、従来当然のことなのですが、コンピュータでの音楽をやっていると意外にも簡単に欠如しやすいものかもしれません。いい音質さえ提供できればと考えたこともありましたが、やはり見て面白いことが重要です。
その答えの一つとして、今年の2月24日にコンサートを行いました。コンピュータ・プレーヤー4人で結成したComputer Quartet(メンバーは、荏開津広、大和田俊、中川隆、平本正宏)の公演で、トーキョーワンダーサイト本郷で行いました。http://www.youtube.com/watch?v=YYpBEMTpDF4
そして、このSherman Filterbank 2。これがすぐライブに対する回答に安易に繋がるとは思いませんが、ライブで音と遊んでいくことを楽しめる機材に久しぶりに出会えたことは大きいと感じています。